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綿矢りさと、シンクロニシティー
- 2010.11.30 Tuesday
- 徒然系
- 08:26
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- by 山田玲司
どうも・・
昨日、13歳の時の漫画の話を書いたら、
何だか、その話を絵本かなんかにしたくなって
やるはずの仕事そっちのけで
「この話はどこが現代的で、どこが普遍的なんだろう?」
なんてとこまでも行ってしまって困りました。
こんな時は詩人の自分とプロデューサーの自分が言い争って
まあだいたい行き詰る。
詩人は時代性とかプロモーションなんか考えない。
考えたら詩人は死んでいくのだ。
でも、僕の中の詩人こそが、僕を僕にしている。
時々言うけど、人類のこの大きな危機は
1人1人が詩人に戻ることでしか解決しないと思う。
この100年で「人類のアンテナ」は大量に失われてしまった。
朝日を浴びるだけで幸福だった、
言葉なき詩人ばかりの時代があったと思う。
がー
ところで時代性の話なんだけど、
綿矢りささんが3年ぶりに新作を出したね。
タイトルは「勝手にふるえてろ」だって。
相変わらずいいセンスしてる。
19歳で直木賞の美人作家は当時、
「穴倉に逃げ込む草食男子の背中を蹴ってやりたい」という
なんとも現代性のあるテーマで世に出た人だ。
26歳になって彼女が描くのは
「相手にしてくれない初恋の本命男と、
自分に言い寄るどうでもいい男について」の話。
「自分を好きになってくれる男」「自分が好きな男」
「どうしたらあたし幸せになれるの?」
みたいな話で、確かにこれも現代な感じ。
綿矢さんは日本の「いい女」が
「ワイルドでタフないい男」に出会えない不満を
描いてる気がする。
豊かな時代と母親のスポイルでこの国の男の子は
ふにゃふにゃだ。
そうかな?
そうかも。
そんな男子不毛砂漠で希少な肉食男子を探す
「くたびれた探検家」みたいな気分が
今の「日本女子の気分」なのかね。
ずいぶん前からそうかもしれないけどね。
綿矢さんはそんな女子のシンクロニシティーをキャッチして
書く人なのかもね。
ががー
関係ないかもしれないけど
なんとなく綿矢さんは「エヴァンゲリオン」の
「アスカ」みたいだ。
ふにゃ子ふにゃ男になった日本男子は
彼女に「あんたバカ?」と蹴られたいはず。
この人類の絶滅寸前感、
まさに文学。
贈り物草
- 2010.11.29 Monday
- 徒然系
- 08:04
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- by 山田玲司
中学生の時に描いた漫画に「サンタクロースの話」がありました。
空の上にある畑で、サンタは「贈り物草」を育てているという話。
贈り物草は1株に1袋の大きな実が生る。
それがサンタの抱えている「プレゼントの入った袋」という設定。
サンタはプレゼントの袋を空の畑で1人、栽培しているのだ。
こんな感じ
ある日 贈り物草の種が1つ地上に落ちてしまう。
その種はある中学生の男の子に拾われるのだ。
なんだかこの話、悪くない。
僕はクリスマスの時に1番幸せなのはサンタなんじゃないかと思う。
その逆に1番可愛そうなのは
プレゼントが貰えなかったり、
貰ったプレゼントに不満だったり、
誰かのプレゼントに嫉妬する子供だと思う。
それは「プレゼントは貰えて当然」だと思い込んでいることに
悲劇があるとも思う。
この悲劇は「貰う側の人生」にいるかぎり永遠に続く。
さかのぼると戦後からずっとこの国の人はそんな
「幸福の配給」をみんなが待ってる感じがする。
13歳の僕が描いた漫画では、
空から「ラッキー」が降ってくる、と信じてる人に、
贈り物草の種が落ちてくる。
種を育てると。プレゼントの実が生る。
少年はサンタになる。
サンタは期待しない。
サンタは自分で幸福を育てる。
サンタは「与える側の人生」。
だからサンタは嫉妬しない。
だから1番幸せな人生。
絶薬でも沢山の「サンタな人生」を生きる人に会った。
みんな幸せそうで、
彼らはいつも僕に
そっと
「種」を渡して微笑む。
僕はその種をそっと漫画しのばせて
君に渡す。
悪くない。
死体になりなさい
- 2010.11.28 Sunday
- 徒然系
- 08:30
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- by 山田玲司
そんなわけで激戦の7ヶ月戦争に敗れた気分で
「もう戦うのいやなんだよう」
なんて吠えても
誰も「あなたならできるわ」とか言ってくれないので
心のモビルスーツに乗り込んで、
再び「漫画戦争旅立ちの朝」が来ました。
整合性なし
でもね、世界一心の美しい昔からの読者様たちや
ろくでなしブルースな友人どもや
ジュラ紀からずっと仲間の神保町民の編集者様や
手塚先生の「マンガの描き方」の本を出して
僕の人生を変えてくれやがった、光文社コンツェルンの仲間も
変態アシスタントたちも・・みんなが支えてくれてるマイライフ。
ありがたいぜ、このやろう。
飯田橋の戦闘部隊のみんなもありがとうだぜ。
別働隊の隊員もいるので戦いは続くけどな。
俺は死なない。
なんて言っていたら、
ヨーガのインスト様がまた凄いことを言った。
「ポーズの間に入る『死体のポーズ』は
毎日の生活で疲れた時に取り入れて下さいね」
だって。
『死体のポーズ』は何も力を入れないで、
ただ仰向けに寝るだけのポーズ。
「疲れたら死体になりなさい」か・・
そういえば昔、養老先生に会いに鎌倉に行った時。
先生はかったるそうに
「死が怖いなんて、毎日死んでるじゃない」
と、言っていた。
睡眠は「死」と変わらない。
それなら毎日の目覚めは「誕生」だ。おぎゃー。
またまた思い出した。将棋の羽生先生も、辻人成さんも
「負けたら寝る」と言っていたなあ。
死にたい時は寝なさい。
そして誕生しなさい。なんて、今年はさんざん聞いてきたな。
それにしても、いちいち思い出す人の名のビッグネームなこと。
でもでもでもでも、そんなのかんけーねー・・なんて
小島君と酒飲んだのも今年だなあ。
そうか、わかったぞ、フラウボウ。
こんな時は、そんなのカンケーねーって酒飲んで、
羽生さんのように
寝るべし、寝るべし、寝るべしー
そこの手首見つめてる女子、もう消灯の時間だぞ。
先生見回りに来ちゃうぞ。
いいから全部人のせいにして寝なさい。
なんて、書きながらまたコタツで寝てしまった・・
テレビで園芸番組、
「寒さがないと花を咲かせない植物の特集」だって。
多分、俺もその仲間だ。
にゃー
幸福配達人
- 2010.11.27 Saturday
- 徒然系
- 05:19
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- by 山田玲司
昨日は勢いあまって「愚痴ブログ」をかましてしまって
ごめんなさい神様。読者様。編集様。
でも、「ボツくらってもへこまない」程度のネームを描くくらいなら
「漫画家なんか辞めちまいな」ですよね。
漫画家になりたくてもなれない人がいるんだものね、
担当編集者様とかがいるだけで神に感謝ですよね。
だいぶ昔に山田バウさんという人が
「神様に注文出したら、ちゃんと欲しいものが来るんやで」
なんて言っていた。
「だって、レストランに入って何も注文せんかったら
何も出てこんやろ」って。
僕はこの考えが大好き。
どうも僕の神様は厨房で忙しいみたいで、なかなか僕の注文まで
手が回らないみたいだけど、注文は出したから大丈夫。
でも、オーダー沢山出しすぎたかな。
ほとんど内緒だけど1つだけ言うと、
僕は「幸福配達人でいたい」という注文をオーダーしてる。
だってサンタみたいになりたいじゃん。
だから、絶望に効く薬の取材で人に会うときも
僕が取材を受ける時も、
相手の人が絶対に「幸福」になって欲しいと思って挑んでる。
取材のあとはその人とその人に会ったことのない人がみんな
幸福になれるように漫画を描く。
みんな喜ぶ。おれもよろこぶ。おれよくねむれる。
「なんだ自分のためじゃん」とか言われそうだなあ。
確かにそうかも。
でも、どうせ死んじゃうんだから
みんなが笑ってる世界で生きたいもん。
偽善者でいいもん。
ねえ、天国のキヨシロー兄さん。
間違ってないですよね。
あー
それにしても天国の人と話すことが多くなったなあ。
バイブル健在(30年使用中)
名言は絶望の防波堤
- 2010.11.26 Friday
- 徒然系
- 22:00
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- by 山田玲司
うー
ブログのほとんどがさー
自慢と愚痴なんでしょ?
だから、僕はなるべくそうならないようにしたいなあ
なんて思ってきましたよ。ええ。
何? 自慢が始まるのか?
だといいなあ。
ともかく、今日今この瞬間に
「人生なんてろくなもんじゃねえ」とか
「みんな死んじゃえばいいのに」とか
「ああ・・死んでしまいたい」とか
「みんなが自分を笑ってる気がする」とか
思っている皆様。
僕もです。
神様。なんすかこの仕打ち。
いえ、なんでもないです神様。僕が悪いんです。
うー
何が起きたって?
ネームしかないです。ボツです。白紙です。
命削って描いたネームです。
もう300ページは描いたかなあ。
しかも今回は作品はいいけどXX的にNGだって。
もー
ところで、いつか書こうと思っていたんだけど。
名言を扱う番組が増えたよね。
もうピークはとっくに終わりかな、とか思っていたけど
まだまだある。
こんなろくでもない時代には「心に効く名言」でも常備してないと
やってらんないのかもね。
そんな僕も絶望に効く薬なんて漫画で
絶望に効く名言を探してはや7年。
いったいいつまでやってるんだ俺は。
でも、「名言」は確かにある種の絶望に効く。
悲しみや失望が押し寄せてくる時の「防波堤」になるのもある。
人によく「山田さんの好きな名言(希望のライム)は何?」とか
聞かれるけど、正直その日によって違う。
でも、あえて言えば、ルネ、バンダールさんが言っていた
「道は乱にあり」
という言葉はかなり好きだ。
もう人生がずっと「乱」だし。
今日も「乱」だし。
ランランルーだし。
あと、河合先生の言っていた
「2つ良いこと さて 無いものよ」
というのもいい。
そう。2つはないのだ。
俺、今大きな病気してないもの。
世界はまだ終わってないもの。
次の打ち合わせも締め切りもあるもの。
うう・・
天国の河合先生、見守って下さい。笑って下さい。
僕はあきらめません。
何よりこんな僕の新作漫画を待っててくれてる
世界で最も心の美しい皆様。
いましばらくお待ち下さい。
こんな気分です
50センチの魔力とゆでたまご先生
- 2010.11.25 Thursday
- 徒然系
- 00:59
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- by 山田玲司
いい加減「恋愛もベテラン」な、ある女友達が
最近おかしくなってて、
「止められないの」
なんて、手首を切ってる。
それを写メして送ってくる。
それを彼氏にも送ってるとか言う。
「こういうの男は引くからNGだぞ」
なんて言っても聞いてない。
よくある「恋愛泥沼中継」なんだけど
彼女は元々「小悪魔女」で「自由な女」を自称。
元気な人だったのに、恋愛は怖いね。
せっかく好きになれる人に会えたのに
なんだか「台無し」にしてしまうらしい。
僕は恋愛には「相手を判断できなくなる距離」があると思う。
おそらく半径50センチ以内。
恋人とベタベタの時期になると
相手のことを「離れて冷静に見る機会」が無くなる。
相手を離れて見るのは、せいぜい待ち合わせの時くらいで、
あとはずっと半径50センチの中にいる。
これが案外危険。
どうやらこの距離は相手が見えない距離らしいのだ。
最近はメールという、より「わからない」距離も恋愛に介在してる。
追い詰められて手首なんか切る前に
少し遠くから相手を見れば変な魔法も解けるかもしれないのにね。
それができないのが恋愛。
でもそれも人生。
でもいきなり嫌いになって
「臭いも嫌」なんてなるのも人生。
そういえば今絶薬で「ゆでたまご先生」を描いてます。
ずいぶん前に対談したんだけど、諸事情のためにここまで
遅れての掲載です。
ゆでたまご先生の人生は小学生の友人が一生助け合う人生。
なんか純粋に漫画を描いていた時代に戻れた感じで癒されます。
友人とでたらめ言い合って、笑いながら漫画描いてた
12歳の俺の魂、まだまだよろしく頼むぜー。
あれ、何か話が変わったな。
まあとにかく、手首とか切らないですむような
恋をしてね。
無理?
ですよね。人類だもの。
そんなふうにおかしくなれるほどの恋ができた事に
感謝して寝なさい。
寒いけどねっ
ロックって何ですか
- 2010.11.24 Wednesday
- 音楽とか
- 08:44
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- -
- by 山田玲司
オーストラリア人のM君というミュージシャンがいます。
僕の友人の仲間の1人で、
彼はミュージシャンを志してなぜか日本に来ていて
ライブ活動しながら英会話の先生をして暮らしている。
年齢は30代半ば。
しかも住んでいるのは僕の住む南越谷より
さらに北の埼玉ローカルタウンだ。
ピアノ弾き語りスタイルの彼はいつものように
キーボードの前に現れると
いきなりビートルズの
「ALL NEED IS LOVE」を歌いだした。
この選曲。凄い。
さらに彼は「今日はオーストラリアからお兄さんが来てくれました」
と言って、お兄さんがギターを抱えて登場。
ビリージョエルやベンフォールズみたいなスタイルの曲で
弾むオージーブラザーズ。
なんか心温まる。
彼らの曲を聴きながら僕は考えていた
僕が漫画家になる前
「デビューは20歳前後でなくては不利」だと言われていた。
今も漫画業界はそんな感じだ。
音楽業界もその辺かなりシビアで、
30歳過ぎたらもう終わりだと言われる。
いったい何でだ?
商業的な成功率? 生活の保障? 感受性? 時代感覚?
どっちにしろ「金になるか?」が基準の話みたいだ。
では、逆に金にならない音楽や漫画は不要なのか?
サクセスしないと価値はないのか?
M君は楽しそうに演奏していた。
小さなライブハウスには40人くらいのお客。
その半分は知り合いや友人。
みんな笑顔で体を揺らしてる。
M君は最後に「今日は最高です、お兄さんありがとう、
日本に来てみんなと会えて音楽が出来て
僕は幸せです、ありがとうございます」
なんて言っていた。
くるよね。
アメリカ、イギリスを完全に無視して
アジア、オセラニアで完結してるのもいいね。
彼の仲間は音楽中心で回っていて、生活向上の欲望やなんかは
どこかに置き去りにしている。
メジャーデビューできなきゃ音楽やめる? 何で?
みたいな感じだ。
ねえ、何がロックかって、
これこそがロックだろう。
アフリカのバスに敗北
- 2010.11.23 Tuesday
- 徒然系
- 00:30
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- -
- by 山田玲司
駅とか電車で「大騒ぎ」してる若者とかおばさん集団に会うと
「おいおい」という気分になるけど
そういう時いつも頭をよぎるのが
世界放浪している友人が言っていた
「アフリカのバス」の話だ。
これはチベット
彼がたまたま乗り合わせたアフリカ某国のバス。
後ろの席で大声で話をしている2人組がいたらしい。
「うるせえなあ」と思っていたら
自分の隣にいた男が振り返り
注意するかと思ったら、2人の話に参加したという。
そのうち話が盛り上がってきて、さらに離れた席の人も話に参加。
最後はバスの乗客全員で「合唱」したらしい。
この話。思い出すたびに大きな「敗北感」を感じる。
みんなが1人の世界に入って「我関せず」の日本は気楽だけど、
アフリカのバスにいる人達のほうがおそらく人生を楽しんでる。
なんか人類としての格が上の気もする。
今更ながらジャパンは世代間のリスペクトに欠ける。
だから「おばさんはおばさん」と「ギャルはギャル」としか
話ができない
なんなら「体育会系」「オタク」「ゴス」
「ブルー」「ホワイト」「同じ中学」
みたいに「同種」としか繋がれないようになってるジャパン。
うるさい集団に出会う度に「偉大なるアフリカ」を思う。
なんかもう 全部肯定な感じ
バブル世代の習性と無料リゾート
- 2010.11.22 Monday
- 徒然系
- 02:33
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- -
- by 山田玲司
僕はバブル期に大学生だったので「バブル世代」と言われてます。
ああ・・かっこわる・・
このサンタ人形 小学館のM君そっくり
まあ確かにバブル期らしいことも沢山体験してきたけど
心はパンクで「金持ちダセえ」とかも思っていたのにー。
同世代がユーロビートとかユーミンとか久保田利伸とかの頃
僕は1人でパンク村に移住していたのにー。
銀座では吐きそうになるし、ブランド嫌いだし
もう気分は「反バブルの革命家」だったのにのにー。
何しろこの頃
「バブルの中で浮きながらも社会変革を叫んですべる男」の漫画
を描いていたのにのにのにー。
タイトルは「イデオロキッズ」
バカだねえ。
でも、それを載せる当時の「宝島」も熱いねえ。
まあそんなこんなで、バブルと言っても貧乏な漫画家だった僕は
バブルユダの気持ちで生きてきたのだけど、
とにかくしょっちゅうアシに
「バブルっぽいっすねー」と言われる。
「何がじゃい」
と思いつつ、バブル世代男子の特徴を考えてみた。
まず、全体的に世の中をなめてる。
ノリが1番だと思っている。
ブランドに弱い。
海外が身近。
同世代の相棒はそのへん最強で、今もなんかいつの間にか
「エアーズロック」に遊びに行ってる。
打ち合わせの帰りに
「ごめん、俺この後ゴールドコースト行ってくる」
と言って消えたのだ。
こういうやつは若い世代にはあまりいない。
あと、女の子を相手にする時には
「王子様」をしないと駄目だと思わされてる。
好景気で自分を姫だと思い込んでる「バブル期の女」を
金余りのジジイと取り合っていた、過酷な青春を経験してるため
「女の子に車道側を歩かせるなよ」なんて
後輩とかに言ってる。
恋愛サプライズも好き。
よく言えば、恋愛のスキルが高い世代かも。
当時はクリスマスに恋人がいないだけで「この世の終わり」
みたいな感じだったから鍛えられたわけかも。
恋愛スキルは「バカ」だけど、
その下の世代はさらにバカで貧しい青春を送った世代なので
彼らよりは恋愛戦闘力が高い気もする。
僕がよくバブルだと言われる要素は
リゾート好き。
オープンカフェ好き。
サンセットとか水辺の照明とか、洒落た建築とか大好き。
並べると確かに「バブルな感じ」だけど、これはしょうがない。
僕は1人で水辺で空を眺めるのが大好きなのだ。
確かにバブルのころだけど、
フィリップジャンティの舞台で
「デッキチェアは人類最大の発明だ、
これ1つでどこでもリゾートになる」
というセリフがあって、
僕はこれに強烈にやられた。
それからは自分のボロ車にデッキチェアをいつも積んで
河原とか田園とか海辺とかに行っては
自分リゾートしていた。
これは景気は関係ないし、
アラブとかアジアの国では道端に椅子を出して
みんながプチリゾートをしている。
フランス人のオープンカフェに賭ける気持ちも凄い。
本当にバブルの時期は人間のみっともなさを
さんざん見せられたけど
自然や文化や恋愛やARTを誰もが味わえた時代だったのは
確かだった気もする。
そのほとんどが見栄と欲望だけのろくでなしだったけどね。
デッキチェアだけのリゾート
お勧めです。
ああ・・ネーム終わらせて海に行きたい・・
君が僕を見つけた日
- 2010.11.21 Sunday
- 映画とか
- 08:29
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- by 山田玲司
「君が僕を見つけた日」という映画を見ました。
突っ込み所満載なのに泣けて困りまひた。
原題は「タイムトラベラーズ ワイフ」
「時間の旅人の妻」だ。
悪くない。
で、何が悪くないかと言うと、この映画。
人生の節目で呆然としている自分の所に、
未来の自分がやってきて、
「君は大丈夫、ちゃんとやっていける」
なんて言うのだ。
なんならこれからの人生で出会うことになる人まで現れる。
別の時代を生きている人たちはみんな
「大丈夫だよ」と言うのだ。
これは僕にはやばい話。
思えば美大を受験する時、
デビュー前。いや、人生のほとんどの時間。
僕はずっと「そんな知らせ」を待っていた。
あの頃の自分を思い出す度に、僕はその日に飛んで行って
「大丈夫だ、そのまま進め」と
言ってあげたくなる。
そんなわけでこの映画のアイデア自体が「やばい」わけです。
「ドラえもん」なんかもそうだけど
どの国の人でもこんな願望を持つのだろうね。
時々「あ、こうなることを知ってた気がする」とか
「この人には会うことになると思っていた」とか
感じることがある。
やっぱり人生は神の脚本があって
すべては決まっているんでしょうか?
そして未来では、死ぬ直前の自分がその脚本を読み返して
「ひでえなあ」とか「悪くない」とか
言っているのでしょうか。
例えば、いつまでも後悔するような判断をしてしまったとして
その直前の自分に会えたとしたら
何を言うのだろう?
後悔を呼ぶことになる事態を「避けろ」と言うのだろうか?
いい質問だね、これ。
もしも、その「後悔を呼ぶ体験」で自分が成長したなら、
多分何も言わない。
きっと「ただ、見守っている」だろう。
そう考えると、未来の僕は何度も来ている気がする。
それで、未来の僕は、何も言わないでただ見ているのだ。
そうに違いない。
ならば未来の自分にこう言おう。
「僕は大丈夫、知ってるだろ?」
そういえば取材で蝶々さんに初めて会った時、彼女は
「会うと思っていた」
と言った。
さすが元祖子悪魔女。抜群の掴み。
こういう「映画のような瞬間」は忘れられないよね。
ね?
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